■ 準備
明後日からプラハを経由してドイツに出かける。
関空発11:55のKLM868便でアムステルダムに向かい、
アムステルダムからプラハに入る予定。
明日は神戸市内のホテルに泊まり、
明後日の朝、三宮からリムジンで関空に向かうつもり。
旅の仕度も終えた。
仕度といっても、男は化粧品など必要ではないから、
いたって簡単なものであるね。
一週間分の衣類と歯磨きセットを鞄に入れてしまえば、
それで準備はほとんど終わってしまう。
しかし、まだ病み上がりの身体ではあるし、
飛行機の中の乾燥具合が気になるから、
マスクだけは忘れずに持っていくことにした。
「病み上がりのくせに何を考えてるのん!?」、
「阿呆と違う!?」、
「病状が悪化したらどうするのん!?」、
といった厳しい意見も一部にあるにはあるが、
なに、出かけてしまえば携帯に電話もかかってこないし、
日常の業務からも開放される。
それに、今回の旅のためにここ二ヶ月ほど頑張ってきたのであるしね。
もっとも、頑張りすぎて「ほとんど肺炎」という状態になってしまったことは否めないのだが・・・。
ま、行けば行ったで何とかなるでしょう・・・。
二十日と二十一日はプラハに投宿。
二十二日はザイフェンに移動し、
ヴォルフガングや、玩具博物館のコンラッドに合う予定。
彼らも楽しみにしてくれているらしい。
ザイフェンの宿は「Nussknackerbaude」。
村はずれにある小さな宿だが、
一階のレストランには歴代の職人たちが作った「クルミ割り人形」がズラリと並ぶ。
食べ物のお味もなかなかによろしい。
二十五日はミュンヘンのハフナーさんのご自宅にお伺いすることになっている。
帰国は二十七日の朝になる予定。
■ 声
午後一時から神戸芸工大に出かける。
実に三週間ぶりの講義。
今日はピン面歯車を使ったからくりの提出日だが、
学生たちのほとんどが完成間近のところで頓挫していた。
「なぜ動かないか!?」を一つ一つ検証していく。
学生たちと話しているうち、
大きな声が出せるようになっていることに気付く。
つい先日までは、
数分の会話を交わすだけで息が切れていたのだが、
今日はちっとも息が切れない。
肺の具合が好転してきたのだろう。
実に嬉しい・・・。
快気祝いに、
学食で学生たちに温かいココアやカフェオレをご馳走することにした。
皆で暖かい飲み物を口に運んでいるうち、
山口県出身のYちゃんから、
持病についての悩みを打ち明けられたり、
鹿児島出身のWちゃんからは、
ボーイフレンドとのトラブルについて相談を持ちかけられたりする。
彼らの平均年齢は二十歳。
彼らのご両親の年齢は四十台の後半であるから、
彼らにとり、私はお爺さんのような存在になるのだろうなぁ・・・。
それにしても、三週間も休んでしまったから、このままではコマ数が足りなくなってしまう。
一月の二十一日と二十八日に分け、補講を実施することにした。
次回からはいよいよオルゴールを使ったからくりの制作にとりかかることになっている。
ゼンマイからの動力の取り出し方、
回転するシリンダーの止め方・・・等々、学生たちにレクチャーする。
次回はその基本的なデザイン画を提出するよう伝えておいた。
さて、どのようなデザインが出てくるか・・・。
とても楽しみ。
■ NISHIDA AIR
リンさんとデーヴィッドが帰国する。
「奈良に行きましょう」とか、
「美味しい蕎麦を食べに行きましょう」とか、
彼らといろいろと約束していたのだが、
寝込んでしまったせいで、
ほとんどの約束を反故にするような結果になってしまった。
十二月七日は私の誕生日。
お別れする際、
「お誕生日のお祝いです」、と一つの作品を頂戴する。
デーヴィッドはスコットランドを代表するアーティストの一人だが、
そのデーヴィッドがわざわざ私のために作ってくれたのだ。
先日、世界の航空会社について彼らと話をすることがあった。
彼らのお気に入りは「JAL」、または「ANA」であるらしい。
何より、その木目細やかなサービスが気に入っている、という。
「アリタリアのサービスはひどいなぁ」とか、
「NORTH WESTは、あんた、ありゃぁNORTH WORST の間違いとちゃいまっか」、
などと関係者が聞いたら激怒しそうなことをほざいていたのだが、
どうやら、その会話の関連でこのような作品の制作を思いついたのであるらしい。
「NISHIDA AIR」と描かれた飛行機の上に、リンさんとデーヴィッドが乗っている。
両翼にそれぞれ一つ、尾翼にも穴が一つ開いていて、
糸で天井から吊り下げられるようになっている。
昨日はリンさんの誕生日であったが、
何も作って差し上げることができなかった・・・。
来年の六月、エディンバラの「ロイヤル・ボタニカル・ガーデン」において、
「Wych Elm」というプロジェクトがスタートする。
そのオープニングにデーヴィッドの作品が展示されるらしいが、
その「ロイヤル・ボタニカル・ガーデン」の館長から一通の手紙が届いていた。
どうやら、デーヴィッドが私のことを彼に紹介してくれていたらしい。
「Wych Elm Project に参加しませんか」
「来年のオープニングにいらっしゃいませんか」、というお誘いの手紙。
来年の六月、エディンバラで会うことをデーヴィッドと約束する。
■ リハビリ
一週間ほど寝込んでいたせいで、
足の筋力が萎えてしまったような気がする。
あれだね、熱と咳は体力を消耗させるね。
リハビリを兼ね、
西宮北口の「西宮ガーデンズ」と
神戸の「真珠会館」に出かけることにした。
まずは「西宮ガーデンズ」を訪問。
来年からの取り組みについて、
担当のE氏とコーヒーを飲みながら意見を交換する。
コーヒーを飲んでいて気付いたのだが、
コーヒーを飲むのは実に十日ぶりのこと。
コーヒーが飲めるまでに体力が回復したことを喜ぶ。
E氏とお別れした後、
国道二号線を神戸に向かって車をゆっくりと走らせる。
今日は実に天気がいい。
午後三時、車を旧居留地の駐車場に預け、
徒歩でゆっくりと「真珠会館」まで歩くことにした。
どうやら今年のルミナリエも今晩で終わるらしい。
納品させていただいたからくり人形のチェックにとりかかる。
関係者の方々が次々と挨拶に来てくださる。
作ったからくりの評判は相当にいいものであるらしい。
しかし、会館にお勤めのKさんはからくりの制作に否定的であったらしく、
担当のSさんとの間で激論を交わすこともしばしばあった、と聞いていたが、
そのKさんからの評価が一番高かったというから、面白いものであるな・・・。
皆さんにご挨拶を済ませた後、
旧居留地の方に向かってブラブラと歩く。
前述したように、足の筋力が落ちてしまっているからブラブラと歩くことしか出来ない。
今日は職場に帰っても何の仕事もない。
大丸のカフェテラスで一杯のカフェオレを飲む。
温かいカフェオレから、健康であることの意味がしみじみと伝わってくる。
■ 回復?
えらい目にあってしまった・・・。
二日の夜に三十八度七分ほどの熱があったにもかかわらず、
それを無視して仕事を片付けていたら、
六日の夜にとうとう倒れてしまった・・・。
咳と痰と胸痛と三十七度五分を超える発熱。
八日の朝、近くの総合病院にて診察を受ける。
「肺炎ではないが肺炎とほぼ同じような症状!」、
それが医師の下した診断だった。
抗生物質やら四種類ほどの薬をいただいて帰ったのだが、
一向に薬が効かない・・・。
薬効がないばかりでなく、
その副作用ばかりがきわだっているように感じられる。
嘔吐、下痢、食欲減退、倦怠感・・・等々。
「食べなければ」とは思うのだが、
食べ物を口に入れると吐き気を覚える。
食べてもいないのに、やたらとトイレが近くなる。
五日から煙草を吸っていないせいか、
嗅覚と味覚が異常なほどに鋭敏になっている。
妻が野菜の水炊きを作ってくれたが、
ポン酢の中に含まれている昆布の出し汁の香りで吐きそうになってしまう・・・。
しかし、いつまでも寝ているワケにもいかないから、
風呂を沸かして、まずは身体を綺麗にすることにした。
裸を鏡に映すと、身体に厚みがなくなってしまったように感じる。
体重計に乗ってみると、五キロほど痩せてしまっていた。
職場に出勤する途中、
無性にバターをたっぷりと塗ったトーストが食べたくなり、
馴染みの喫茶店に入って注文する。
午後三時、職場に出勤。
机の上には書類の山が・・・・。
さてさて、どこから片付けていけばいいものやら。
今晩は妻が湯豆腐を作ってくれるらしい。
■ ダウン
午後の新幹線で神戸に向かう。
身体の震えと咳が止まらない。
新神戸駅から地下鉄に乗ろうとして、
車を神戸空港に停めっぱなしでいたことを思い出し、
三宮からポートライナーで空港に向かう。
今朝は神戸の町にも雪が舞ったらしい。
空港の気温は零度近くにまで下がっていた。
車の窓には薄っすらと氷が貼り付いていた。
震える手でエンジンをかけ、室内が暖まるまでじっと待つ。
頭も朦朧としているからスピードは出せない。
「右よし、左よし」
「前方の信号は黄色」、
などと指差確認しながら車をゆっくりと走らせる。
午後八時、神戸の職場に到着。
相当にひどい顔をしていたのだろう、
残っていた職員たちが皆一様に気遣ってくれた。
車を職場横の駐車場に停め、タクシーでアパートに帰る。
これで、年内にやり遂げなければならない主だった仕事はすべてこなした。
多分、それで気が緩んだのだろう、
その気の緩んだところを風邪に狙い撃ちされたような感じがする。
アパートの部屋もまるで氷室のように冷え切っていた。
湯たんぽに熱い湯を入れ、さっさと布団に潜り込む。
二十日からはチェコとドイツに出かけなくてはならない。
今日は六日。
二十日までは残すところ二週間ほどしか残されていない。
それまでに完治するか・・・!?
■ 息子
午前十一時、
「MIKIMOTO」における記者会見が無事に終了する。
会見中は咳も出ないでいてくれた。
午後二時、銀座のソニー・ビルで長男のDと会う。
一階のレストラン「カーディナル」では、
「マキシム」が作るミルフィーユが食べられるのだが、
Dはこのミルフィーユが大のお気に入りであるらしく、
銀座で会う度に、彼はこのミルフィーユをむさぼるように食べる。
Dは東京でイラストレーターの職に就いているが、
ANAのフライト・アテンダントの人形のデザインをしたりと、
ま、いわゆるオタク相手の仕事をすることがとても多い・・・。
「父親には自分の仕事や存在を否定されている!」、
と、つい最近までDはそのように思い込んでいたようなフシがある。
過日、Dの友人と名乗る二人の若者が私の職場を訪れてくれたことがあった。
息子に対する父親としての想い、
息子の仕事に対する父親としての想い・・・。
それらを二人の青年に告げたことがあったが、
多分、その言葉が彼らの口を通じてDに伝わったのだろう、
以後、私に対するDの態度がすっかり改まる、という出来事があった・・・。
今日も、「お母さんは元気?」、
「往復の旅費を出すからお母さんには一度僕のマンションに泊まりにきて欲しいな」、
などと殊勝なことを言ってくれる。
親子とはいえ、お互いがお互いを理解するには時間がかかるものであるが、
理解し合えれば、すべてのことは水に流せてしまえる。
息子と別れた後、「MIKIMOTO」に戻って来客の相手に専念する。
午後五時、猛烈な寒気に襲われる。
宿に帰って計ってみたら、体温は三十七度を少し超えていた。
今夜はP社のIさんらと飲み会の約束があるのだが、
「どうしよう・・・?」、などと考えているうち、
前後不覚に陥ってしまった・・・。