■ München / ミュンヘン二日目
皆さんが市内観光に出かけていらっしゃる間、
ホテルでゆっくりと休ませていただくことにする。
摂食障害を起こしているからか、空腹をほとんど感じない。
午後一時、
カンパリ・オレンジが無性に飲みたくなり、
マリエン・プラッツのラーツ・ケラーまで出かける。
カンパリ・オレンジをチビチビやりながら、
「R・C・ウイルスン」著による「時間封鎖」を読む。
今日は午後四時から、
ハフナーさんのご自宅に招待されている。
「ドイツの一般家庭におけるクリスマスの過ごし方を体験してください」
「皆さんどうぞご一緒に」、ということなのだが、
それまでにはまだ少し時間がある。
マリエン・プラッツの辺りをブラブラと散歩することにした。
午後三時半、ミュンヘンにお住まいのGさんと合流し、
ハフナーさんのご自宅に向かう。
いやはや、素晴らしいアパートであるね。
壁面や棚には、世界中のおもちゃが並び、
書架にはおもちゃに関する書籍が所狭しと並べられている。
また、そのキッチンの素晴らしさといったら・・・。
今、彼の店は改装の最中。
来年の三月には新装開店の運びになるらしいが、
今度は世界中の優れた飛び出す絵本も多く扱ってみたい、と言う。
日本の飛び出す絵本を何冊か送ることを約束したが、
訊くところによると、
今、彼のお嬢さんは飛び出す絵本についての本を執筆中であるらしい。
執筆が終われば、その資料としてして使った絵本は私にくださる、と言う。
楽しみなことではあるね。
さて、今日でツアーはおしまい。
体調が優れなかったために、
皆さんには大変な迷惑をかけてしまったのではないか、と思うが、
ま、これはこれで結構楽しい旅ではあったようにも思える。
またいつか、機会があればご一緒したい、と思う。
■ München / ミュンヘン
今日はバスでイエナまで移動し、
イエナからICEでミュンヘンまで行くことになっていたが、
皆さんの荷物の量の多さに驚いてしまった。
この時期、ヨーロッパの列車は、
日本におけるお盆の帰省列車のような様相を呈する。
列車がイエナに停車する時間はわずか二分。
二分といえばわずか百二十秒であるから、
荷物を列車に積み込むには、
一人当たりわずか十二秒しかない・・・。
通路にまで人が溢れかえる列車の中に、
はたしてこれだけの荷物を時間内に積み込むことは可能か・・・!?
「そいつは無理だろう!」、と判断し、
バスでミュンヘンまで移動することにした。
列車による旅を楽しみにしていらっしゃる方もいたようだが、
引率者としてはリスクは回避しなければならない。
荷物をバスで送ってしまい、
身体一つでICEに乗り込む、ということも考えたが、
それでは余分に高額な経費がかかってしまう。
また、ミュンヘン中央駅からホテルまで、
これだけの荷物を引きずって歩く、というのも疲れる。
皆さんを説得することにした。
ノイハウゼン、マリエンベルク・・・。
バスはエルツ山地の村々をゆっくりと抜けながらケムニッツに向けて走る。
バスの旅もなかなかにいいものであるんだがなぁ・・・。
午後四時半、バスは無事ミュンヘンのホテルに到着。
■ Seiffen / ザイフェン二日目
午前十時、ザイフェンの玩具博物館に向かう。
館長のコンラッドが館内を案内してくれることになっているが、
会っていきなり、
「今日は時間がない」
「もうすぐ出かけなければならない」、と言う。
ドイツ人の律儀さなんだろうが、
彼が約束を破るようなことは過去に一度もなかった。
しかし、その彼がそう言うのであるから、
それなりの重大な事件が起きたのかもしれない。
皆さんが館内を見学されていらっしゃる間、
三階の踊り場の椅子に座り、ウツラウツラと惰眠を貪る。
いくら寝ても寝足りない・・・。
お昼ご飯はトマト・スープとパン。
酸っぱいスープにソーセージや様々な野菜がたっぷりと入っている。
冷えた身体にこの温かさがなんとも嬉しい。
昼からは皆さんのお買い物のお手伝い。
昨年あたりからだったろうか、
コンピューター制御によるレーザー工作機械が出回ったことで、
エルツ地方の技術には目覚しい進歩が見られるようになった。
しかし、そこには「職人」の技がどこにも見られない。
絵を描けば、その絵をコンピューターが読み取り、
レーザーが絵とまったく同じものを何千、何万と生産していく。
素人目にはなかなか美しく仕上がっているように感じられるが、
そこには「味わい」というものがまったく存在しない。
また、「クルミ割り人形」ひとつとってみても、
日本のこけしと同じように、その出来映えは千差万別。
美しい顔つきのものもあれば、品のない顔つきのものもある。
はるか旧・東ドイツの地の果てのような村にまでやってきて、
つまらないものを買ってしまったのでは後々に悔いが残る、というものではないだろうか。
■ Seiffen / ザイフェン
プラハからザイフェンに向かう。
今日は午後三時から、
「Wolfgang Werner / ヴォルフガング」の
アトリエを訪問することになっているが、
日本で言うところの、
いわゆる「仕事納め」は昨日の日曜日であったはず。
今日は私たちのために、
わざわざアトリエを開放してくださる、と言う。
実に有り難いことである。
おもちゃがどのように作られていくのか!?
そのことを我々に教えるため、
わざわざ二人の職人も休日出勤させてくれていた。
ヴォルフガングとの付き合いはかれこれ十五年を超えるだろうか。
お互い前髪や鬢に白いものが混じる歳になった。
奥さんのウテもヴォルフガングも、
少しは英語が操れるようになっていた。
お互い拙い英語ではあるが、
共通の言語でなんとか意思を通じさせることで、
お互いの関係がより深まったような気がする・・・。
このことだけでも、今回の旅には大きな意味があったように思えてならない。
ザイフェンの夜は早い。
午後五時頃にもなると、日はとっぷりと暮れる。
店も閉めてしまうところが多い。
今晩はやたらと風も冷たく強い。
早々とホテルに帰ることにした。
■ Krteček / クルテク
今回の旅行は、
西宮や宝塚の幼稚園の園長さんたちとのツアー。
皆さんはプラハ城やカレル橋の見学に出かけていらっしゃる。
皆さんの引率はYさんにお任せし、
私はホテルの部屋で休ませていただくことにした。
午後二時、
さすがに空腹を覚え、
市内のレストランで何かを口に入れることにした。
以前、プラハ市内の古書店の位置を
チェコ・センターのYさんに教えていただいていたのだが、
今日はとてもそこまで歩いていく気力がない。
体力を失くすと気力も失くしてしまうものであるね。
市内をブラブラと徘徊しているうち、
「Raddison SAS / ラディソン」ホテルの前に
「ユーゲント・シュティール」様式の建物を見つける。
中に入ってみることにした。
建物の内部には様々なショップやレストランが軒を連ねていたが、
「私んとこではドイツのダルマイヤーのコーヒーを使ってます」、
などと看板に大書しているカフェに入ってみることにした。
フルーツ・ジャムの入ったクレープとコーヒーを注文。
なかなかに美味しかった。
建物の中をブラブラと探検するうち、
一癖も二癖もありそうなブック・カフェを発見する。
暖かいカフェオレを飲みながら、棚に無造作に置かれた書籍を読む。
時間をかけてカフェオレを飲んでいると、
いかにも絵描き然とした爺さんや、大学教授らしき風采の中年男、
買い物帰りの婆さん、といった人物が入れ替わり立ち代り店の中に入ってくる。
どうやら、ここはプラハでも有名な書店であるようであるね。
来年一月中旬から、
神戸の職場ではチェコ・アニメ「クルテク」の原画展が始まる。
そのことを思い出し、
店員に「クルテクの絵本はないか?」と訊ねてみることにした。
しかし、発音が根本的に違うからか、なかなか通じない。
しかたがないから、紙ナプキンの上に絵を描いてみた。
ほとんど「ドラえもん」のような「クルテク」になってしまったが、なんとか意思は通じる。
来年のカレンダーを三部、チェコ語の絵本を二冊購入。
■ 関空〜プラハ
関空には午前十時に到着。
ここしばらくの間、
ちゃんとした固形物を口に入れていないせいか、
身体に力がまったく入らない。
軽くまとめたはずの旅行鞄がいやに重く感じられる。
飛行機は定刻どおりに出発。
スキポール空港までの所要時間は十二時間ほど。
飛行機が空に浮かんでしまえば、
いくらジタバタしたところで取り返しはつかない。
せめて他の乗客の方々に迷惑がかからないよう、
静かに小説でも読みながらのんびりと過ごすことにした。
機内では二度の食事が供されたが、これもほとんど食べられない。
関空の売店で買っておいたビスケットをポリポリ齧りながら、
ギャレーに出かけては、
オレンジ・ジュースやリンゴ・ジュースを勝手に飲んで咽を湿らす。
六日の朝。某病院で四種類の薬を処方していただいたのだが、
その効能と副作用を印刷した紙がショルダー・バッグの中に入っていた。
その紙を取り出して読んでみる。
「倦怠感」「胃部膨満感」「食欲減退」「下痢」「胃腸障害」「脱力感」「眠け」「吐き気」・・・。
まさしくそのままの症状ではないか。
「食べたい!」「食べなければ!」とは思うのだが、
いざ食べようとすると、吐き気を催してしまう。
ほとんど何も食べていないのに、
胃部が苦しいほどに膨らんでいる・・・。
少しでも体力を温存させておくため、
読書を諦めて眠ることにした。
プラハには定刻に到着。
サッサと眠ることにした。
■ 副作用?
最寄の駅まで車で送っていただき、
地下鉄を利用して新神戸駅まで向かう。
ホテルの部屋で荷物を解き、
下着類やセーター類を区分けして袋に詰める。
と、ここまではよかったのだが、
鞄の鍵をかけ終わったあたりから、
身体の調子がおかしくなり始める。
どうにも腹に力が入らない・・・。
食欲もあまりないから、
三宮の繁華街でうどんを食べることにした。
美味さに定評のあるうどん屋だが、
どうにも、その出汁の匂いが鼻につく・・・。
二口・三口食べたあたりで嘔吐感を覚え、食べるのを止めてしまう。
戦後の食糧難の時代に幼児期を過ごした人間であるし、
腹が減れば何でも美味しく頂ける性質であるにもかかわらず、
一杯のきつねうどんが口に入らない・・・。
風邪薬の副作用で摂食障害でも起こしているのではないだろうか・・・!?
無理をして食べたところで、
吐いてしまえば、余計に体力を消耗してしまう。
「食べたい!」、とそう思うものを食べることにした。
ホテル近くの喫茶店で、
バターの塗っていないトーストと温かいミルクを注文する。
明日からチェコを経由してドイツに出かける。
このような状態で、はたして無事に帰ってこれるか!?