■ 鶴里堂/かくりどう
馴染みのバーのマスターが滋賀に旅行するという。
「土産には何が欲しい?」と言うので、
遠慮深い私は、
「大津の鶴里堂の比叡杉羊羹が欲しいなぁ」
「あれ、美味いんだよねぇ・・・」
「小豆と抹茶の羊羹なんだけどさ」
「小豆と抹茶、それぞれ二本ずつ欲しいなぁ」と、
はっきり聞こえるように小声で答えておいた・・・。
昨日、そのマスターが帰ってきた。
「ほいよ、お土産!」といって手渡された袋の中に、
比叡杉羊羹は入っていなかった。
入っていたのは「淡あわ」という名のゼリー菓子であった。
慎み深い私は、
「手渡す袋を間違ったんじゃないの?」と、
小さな声でマスターに訊ねるのがやっとであったが、
こやつは「いや、羊羹よりそっちの方が安かったんや」と言うではないか。
「なんやてぇ!?」
「あれだけ比叡杉やて言うたやないか!」
「俺は鶴里の羊羹が食べたかったんや!」と喚くと、
「うん、あの羊羹は美味かった」と、抜け抜けと言うではないか。
「ゲッ、お前は食べてきたんか?」
「そりゃぁ美味しかったでぇ」と言うではないか。
慎み深く、かつ遠慮深い私は、
「チッ!」と小さく舌打ちするほかなす術を知らなかった・・・。
「冷蔵庫でよぉ冷やしてから食べるんやでぇ」
「冷凍庫に入れてシャーベットにしても美味しいらしいで」、
という声を背中に聞きながら、
私はトボトボと肩をおとして家路についた・・・。
「淡あわ」を冷凍庫に入れてみる。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
マスター憎けりゃ菓子まで憎い・・・・。
しかし、シャーベット状に冷やした「淡あわ」は実に美味しかったぞ。