■ ナイフ
三月十五日、Mさんがアトリエにいらっしゃる。
Mさんとお会いするのは十年ぶり。
お互い歳をとった・・・。
見れば、美しいお嬢さんを連れていらっしゃる。
「娘ですよ」と紹介される。
彼女に会うのも十年ぶり。
幼さが残る小学生であった子が、
今は京都芸大で音楽の勉強をしている。
月日の流れることのなんと早いことか・・・。
Mさんは大阪堺の著名な刀鍛冶。
十年前、
私はお嬢さんのために一つのおもちゃを作ったことがあった。
そのお返しにMさんから一本のナイフを頂戴した。
Mさんが鍛えたナイフ。
このナイフは今も私の宝物である。
Mさんとの談笑の最中、
ザイフェンのヴォルフガングにナイフをプレゼントすることを思いつく。
彼は確か左利きであったはず。
Mさんに左利き用のナイフを注文する。
今朝、そのナイフがアトリエに届いた。
包みを解くと、
いかにも切れそうな、ヌメヌメと光るナイフが出てきた。
明日は砥石を買いに行こう。
ヴォルフガングに砥石もプレゼントしてやろう。
日本のナイフには日本の砥石でなければ・・・・。
今夜は久しぶりにナイフを研いでみよう。
昔、Wさんに「ナイフは人生の時間をかけて研げ」と言われたことがあった。
その時、その言葉の意味は理解できなかった・・・。
この歳になると、「時間」は「命」と同じ意味を持つようになる。
ナイフを研ぐということは、ナイフが短くなっていくことを意味する。
ナイフを研ぐということは、「命」を研ぐことと同じ意味を持つ。
今夜は人生の時間をかけてナイフを研いでみよう。