■ オペラ
アパートの隣人どうしが、
ベランダで洗濯物を干しながらお喋りをしていた。
きっと隠し事ができないご性格なのであろう、
二人の会話の内容は、
アパートの下を通る私の耳に筒抜けであった。
アパートの壁面に反響しているからとはいえ、
お二人の声の大きさは半端じゃないほど大きかった。
寒さのせいで洗濯物が乾かないという、
愚痴のような会話であった。
アパートから二十メートルほどは離れただろうか、
それでも、お二人の会話の内容はハッキリと聞き取れる。
今度はお互いの亭主の不甲斐なさに話題は移っていた・・・。
アパートから五十メートルほど離れても、
まだお二人の声は聞えてくる・・・。
さすがに話の内容までは聞えなかったが、
「なにもそこまで亭主の悪口を言わなくっても」、と失笑を禁じえなかった。
それにして、
素晴らしく大きく張りのあるお声である。
家庭の主婦で終わらせるには惜しいような声である。
道を間違えられたのではないだろうか。
オペラ歌手にでもなっていれば、
きっと大成されたのではなかっただろうか、と思う・・・。
昨日の朝、職場に向かう道すがらでの出来事。
しかし、そういう意味では、
私の妻も母もオペラ歌手になれる資質は充分にあった、と思う。
今からでも遅くはない。
「その才能を埋もれさせておくのは惜しい!」
「ウィーンにでも行って勉強してこい!」、とでもおだててみようか・・・。
その気になってくれれば占めたもの。
すれば、私は日々心安らかに静かに暮らせる、というものである。