■ D
長男のDが生まれた時、
妻と言い交わしたことが一つだけあった。
「俺は勉強が大嫌いだった」
「お前もどちらかというと頭が悪い」
「したがって、この子も頭が悪いに決まってる」
「絵描きには絵描きとしてのセンスが求められる」
「コックにはコックとしてのセンスが求められる」
「同じように、勉強もセンスの問題だと思う」
「勉強のセンスのない子は勉強ができないと思う」
「そんな子に勉強を強いるのはいかがなものか」
「この子に勉強しろとは一切言わないでおこう」
「しかし、この子にも持って生まれたセンスが何かあるはず」
「そのセンスを伸ばしてやろう」
それが妻と交わした約束だった。
今日は七月四日。
長男Dの三十三回目の誕生日。
今、Dは東京でフリーのイラストレーターとして活躍している。
子どもの頃から、Dは絵のセンスに長けていた。
今日で三十三歳になるが、未だにDには恋人がいないようである。
「恋はいいものよ」、と妻はしきりに言っているようであるが、
どうにもDは女に無精でいけない。
恋をする時間があれば、絵を描いていたいらしい。
「いったい誰に似たのかしら」
「父親の爪の垢でも煎じて飲ませようかしら」、と妻はいつもぼやいておる。
「そんなDさんが好き」、という奇特な女性が現れるのを待つしかないが、
親としては、早くDの子の顔を見てみたい・・・。
しかし、こればかりは縁であるし、
結婚したからといって幸せになれるものでもない。
「結婚を一度もせぬ馬鹿・二度する馬鹿」、と昔から言う。
恋は「!」かもしれないが、結婚は「?」の部分が多い。
ま、Dが今のままでいいと思っているのなら、それはそれでいいのだが・・・。