■ T教諭
国立大学に進学できそうな生徒はD組。
一流私立大学に進学できそうな生徒はC組。
三流私立大学に進学できそうな生徒はB組。
どうでもいいからサッサと卒業してくれ、
と半ば教師たちから見放されていたのがA組。
私が学んだ高校はそのようにクラス別けされていた。
三年の間に、
DからC、CからBへと転落する者もいれば、
AからC、CからDへと登っていく者もいた。
そんな中で、私は三年間をA組で過ごした。
屈辱的ではあったが、
成績が常に安定していた、ともいえる・・・。
名物教師揃いの高校であったが、
A組の代数の担任であったのがT教諭であった。
黒板に書かれた設問に答えられなかった場合、
チョークを鼻の穴に突っ込まれて、立たされた・・・。
なにしろ阿呆揃いのクラスであるから、
チョークが何本あっても足りない。
T教諭は五十本入りのチョークの箱をいつも嬉しそうに持ち歩いていた。
授業の最後の方になると、
チョークを鼻の穴に入れて立ち続ける生徒たちに対し、「敗者復活戦」が用意されていた。
黒板に書かれた新しい設問に答えなければならないのだが、
それに答えられなかった生徒は、
もう一方の鼻の穴にチョークを突っ込まれた・・・。
阿呆面、である。
屈辱的ではあったが、笑えた。
笑う度に、鼻に差し込まれたチョークがよく床に落ちた。
また、回収されたチョークは、その先が洟で湿っていた・・・。
「卒業式の日には覚悟してろよ!」、とクラスのワルたちは策を練っていたが、
軽くいなされてしまった、と聞く・・・。
T教諭は柔道部の顧問でもあったから、並みの腕力で太刀打ちできるはずなどなかった。
昨晩、そのT教諭の訃報に接する。
九十歳であったらしい。
私の子どもが高校に進学する時、
ある方程式の解き方を教えてやったことがある。
高校時代、代数の授業が嫌で嫌でたまらなかったものだが、
一度叩き込まれた知識は、そう簡単には忘れないものであることに驚いた憶えがある。
父親としての威厳を保てたのもT教諭のお蔭であった、といえる。
冥福をお祈りしたい。