■ マルタのきぶどう
あれは二週間ほど前のことだったか、
名古屋から帰ってくると、
机の上に細長い箱が一つ置かれていた。
箱には「マルタのきぶどう」と印刷されていた。
「Nさん(私のこと)に飲んでもらって」、
とKさんが持ってこられたものであった。
その日、HとYがアトリエにやって来る。
「貰い物やけど飲むか!?」、とグラスを三つ用意し、
夫々のグラスになみなみと葡萄ジュースを注いだ。
「それじゃぁお疲れ様」、と一気に口に流し込んだところ、
どうにも葡萄の味もしなければ、香りもしない・・・。
どちらかというと、「梅」のような味と香りがした。
「マルタで葡萄が採れるんやろか?」
「そら、マルタ・ワインがあるくらいやからね」
「マルタ・ワインって美味いん?」
「いや、めちゃめちゃ不味い!」
「そやけど、きっつい味のジュースやなぁ」
「酒みたいやね」
「葡萄ジュースっていうより、これ梅酒に近いで」、
などとチビチビ飲みながら話しているうち、Hの顔が赤らんできた。
どうにもおかしい。
瓶のラベルを仔細に見てみると、
そこには「梅酒・1995」、と書かれてた小さな付箋が貼ってあった。
「おい、これ梅酒やで」
「もう何でもええやんか、葡萄ジュースやと思て飲みいな」
「今まで葡萄ジュースやと思て飲んでたやろ」
「どこがマルタ島やねん」
「丸の中に田の字が書いてあるから『マルタ』やねんわ」、
などとワイワイ喋りながら、とうとう瓶を空にしてしまう。
Kさんには「美味しい梅酒を有り難うございました」、とお礼を述べたのだが、
今朝、そのKさんから「マルタのきぶどう」が届く。
箱の中には、「もっと大きな付箋をつけておくべきでした」
「ご迷惑をおかけしました」
「これは正真正銘の葡萄ジュースです」、と書かれた手紙が添えられていた。
梅を葡萄と間違ったことなど、Kさんには一言も喋った憶えがない。
はて、いったい誰が喋ったのだろうか。
誰が喋ったかは詮索しないが、
面白おかしく余計なことを喋るから、Kさんが余計な気を遣うことになる・・・。
「マルタのきぶどう」は実に濃厚で美味しいジュースであった。