■ 工具
「遊んだあとはおもちゃを片付けなさい」、
などといくら母親がうるさく言ったところで、
子どもは聞く耳など持っていない。
なぜなら、
「なぜ片付けないといけないか」、が解っていないからであり、
おもちゃを片付けるという作業よりも、
おもちゃで遊ぶ方がはるかに楽しいから、である。
子どもにおもちゃを片付けさせようとしたら、
「なぜ片付けないといけないか」、を教えなければならない。
教えられないのであれば、
「お母さんはこのように散らかった部屋は大嫌い」、
などと、子どもと親との人間関係をはっきりさせた方が、
まだ、子どもは母親の言うことを聞くはずである。
その理由を述べるワケでもなく、
人間関係をはっきりさせるワケでもなく、
ただヒステリックに同じフレーズを繰り返すだけであれば、
「うるさいババアだな」、などとついには子どもに舐められていってしまう。
近頃、私の工具類の紛失が跡を絶たない。
工具を貸してやれば、とんでもない状態で返ってきたりする。
私にとって、工具は手指の延長という意味がある。
「私の工具を私的に使うのは一向に構わない」
「しかし、使ったあとはキチンと元に戻しておくように」
「接着剤などは使った分を補充しておくように」、
などといい歳をした大人に注意しなければならないことがある。
小さな子どもに注意するよりも手間がかかる。
どう言えば解るのだろうか・・・。
悪気はないのだが、あまりにもモノを粗末に扱いすぎる。
工具を整理分類するための箱をいくつか買い、
定規は定規、刃物は刃物、絵の具は絵の具、と分類し、
それぞれの箱に体裁よく飾るように収納してみたところ、
工具類の紛失はピタリと止んだ・・・。
工具の手入れを怠らず、綺麗に整理しておけば、
私がいかに工具類を大切にしているかが解るのではないか、と踏んだのだが、
その目論見は見事に的中した、と言える。
それにしてもあれだね、
モノに溢れた豊かな時代に育った子どもたちは、
モノを大事にする、ということを知らないでいけないな・・・。
ま、老人の繰り言だけどさ。