■ 整理・その35・マグカップ
いつも何気なく使っているマグカップだが、
思い返してみると、
実に、三十五年間も使い続けていることに気付く。
コーヒーを飲むため毎日のように使っているが、
もともとは絵筆を入れるための容器だった。
上野の「金華堂」という画材屋で買い求めたもの。
その頃、私は地下鉄銀座線末広町駅の近くに勤めていた。
末広町と青山三丁目の間を行ったり来たりする毎日だったが、
「金華堂」にはよく足を運んだものだった。
画材屋の、あの何とも言えない雰囲気が好きだった。
場所は御徒町駅の東側、昭和通りに面した辺り。
末広町の交差点から北に向かい、
JRのガードをくぐって昭和通りに突き当たった辺り、だったと思う。
いや、実に懐かしい・・・。
会社の近くには、「練成公園」という名の小さな公園があった。
昼飯を食べた後など、天気のいい日は、この公園のベンチで本をよく読んでいた。
会社のビルの前には小さな内科の医院があった。
この内科医は九官鳥を飼っていて、
九官鳥を入れた籠は玄関の下駄箱の上に置いてあった。
医院の扉が開いている時など、よくこの九官鳥と遊んだものだった。
その九官鳥は「咳」の真似が実に上手く、
「ゲホゲホ」とか「コンコン」とか、人間の「咳」の音をよく真似ていた。
私が九官鳥の前で「ゲホゲホ」とやると、
九官鳥は、「どうしました?」、と院長の声を真似て返してくる。
で、「ありがとうございました」、と声をかけると、
九官鳥は「お大事に」、と受付の女性の声を真似て返してくる。
それが面白くて、よくこの鳥をからかったものだったが、
からかっていたのか、それとも、からかわれていたのか・・・。
「金華堂」で買い求めた筆入れでコーヒーを飲みながら、
若かった頃のことをいろいろと思い出す。