■ 飯

aquio2008-09-18

九州からM君がやって来る。
からくり人形のことを研究しているらしいのだが、
大学にはその資料も乏しく、
また教えてくれる教授もいないらしい。
私にその辺りのことを教えて欲しい、という依頼であったが、
彼が持ってきた作品集を見て驚いた。
彼の作るからくり人形の出来は、
とっくに素人の域を越えてしまっている。
id:bishouさんの日記にも書かれていたが、
もの作りには、
「センス」と「技術」と「思想」が必要とされる。
M君には技術がある。
好きこそ物の上手なれ、ということであるね。
センスも磨けば光りそうであるが、
ただ、残念なことに、作品のどこにも思想が伺えない。
哲学のない美しいものよりも、
哲学のある汚いものの方がはるかに優れているのだが・・・。
どうやら、彼はからくり人形師として飯を喰っていきたい、という希望を持っているらしい。
「からくりで飯が喰えるか?」、と訊かれたところで、
「喰える奴もいれば、喰えない奴もいる」、としか答えようがない・・・。
喰える喰えないは別にして、
「センス」と「技術」と「思想」を持った奴が生き残る世界。
もっとも、芸術家としてではなく、職人として生きていくつもりであれば、
今の技術とセンスを向上させれば、ま、飯は喰えるのではないだろうか。
そこに「思想」が加われば、もう鬼に金棒なんだけどね。
現在、新潟に「からくり人形制作工房」を立ち上げる、という計画が進んでいる。
M君にはそこに行ってみてはどうか、と勧めたのだが、
さてさて、どのような返事が返ってくるものやら。
からくり人形の制作で飯が喰えるかどうか・・・。
そんなことはやってみなければ分からない。
飯を喰うのが目的であるのなら、さっさと別の仕事を見つければいいだけのこと。
からくりで飯を喰いたいのであれば、からくりの世界に身を投じるしか道は無い。
要は「やるか、やらないか」だけのこと。
シンプルに考えればいいのであるね。