■ コイン・ローファー
靴を履こうとして、
ソールがパックリと剥がれていることに気付く。
これではとても歩けそうにない。
二年前の冬のこと、寒さに耐えかね、
長岡駅前の靴屋で中敷きを求めたことがあった。
フエルトで作られた暖かな中敷き。
代金を払おうとしたら、
「余り物ですから」、と言って、
靴屋のオヤジは決して代金を受け取ろうとはしなかった。
柏崎から長岡に向かう途中、その出来事を思い出す。
「そうだ、あのオヤジの店で新しい靴を買おう」、
とその靴屋に向かったが、
時間がまだ早過ぎたのか、店は開いていなかった。
仕方がないから近くの喫茶店で時間を潰す。
午前十時半、
歩く度にペタリペタリと音を立てる靴を引きずりながら店に向かう。
ところが、この時間になってもまだ店は開いていない。
隣の楽器店に訊いてみると、
「隣は昨年に店を畳んでしまいました」、ということであった。
「一昨年の冬、靴の中敷きを頂戴した者です」、
などと言うつもりは毛頭なかったが、
オヤジに受けた好意が心の中で宙ぶらりんになってしまった・・・。
仕方がないから、別の靴屋を探す。
しかし、店内には気に入る靴が一つも無い。
新幹線の発車時間が刻々と迫ってくる。
仕方がないから、茶色のコイン・ローファーで手を打つことにした。
コイン・ローファーを履くのは実に四十五年ぶりのこと。
靴だけが高校生の時代に戻ったようで、
なんだか気恥ずかしいのであった。
午後一時、赤坂で打ち合わせを一つこなした後、
午後三時から丸の内で打ち合わせ。
午後五時、P社の方々とアップルパイを食べながら打ち合わせ。
アパートに帰りついたのは午後十一時を少し過ぎていた。