■ キツネとタヌキ

aquio2009-01-04


私が母方の祖母と暮らしていた頃。
今から五十三年ほども前のこと。
祖母が住んでいた里山には
キツネやタヌキもまたたくさん住んでいた。
ある夏の日、
隣の婆さんが息急き切って飛び込んできたことがあった。
「畳と畳の合わせ目から人間の親指が出てきた」、
ということであった。
「どれどれ」、と祖母と出かけていくと、
どこにも指など出てはいない。
「見間違いだろう」ということで一件落着したのだが、
当日の夜、その婆さんが部屋で過ごしていると、
またもや、「畳の間から指がニュルリと出てきた」、というのである。
その「ニュルリ」という婆さんの表現が実に生々しく、
今もその時のことを鮮明に憶えているのだが、
「あんた、そらいっぺん拝み屋さんに診てもうた方がええで!」、
ということになり、祖母と婆さんはバスに乗って町に出かけていった。
「隣の婆さんの家は、もともとはタヌキの棲み処であった」
「そこに婆さん一家が家を建てたものだから、タヌキが怒っている」
「タヌキは今も床下に棲みついている」
「タヌキは婆さん一家を追い出そうとしているに違いない」。
それが拝み屋の見立てであったらしい。
「ほんなら笹の葉を燃やして燻したらええやんか」、ということになり、
両家総出でタヌキを燻りだすことになった。
私などはタヌキを捕まえるために網まで用意していたのだが、
とうとうタヌキは出てこなかった。
ま、タヌキがそれで出て行ったかどうかは知らないが、
以来、畳の間から指がニュルリと出ることはなくなった、らしい。
「風呂だと思っていたら肥え溜めに入っていた」とか、
「美味い饅頭だと思って食っていたら馬糞だった」とか、
当時、田舎においては、
タヌキやキツネに化かされたなどという話はどこにでも転がっていたな・・・。
「内山節」著による「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」、
を読んでいてふと思い出した子どもの頃の話・・・。