■ キスの煮付け
アパートに帰ると、
妻と母がプリプリと怒っていた。
彼女たちが怒っている原因が解らない。
「何をそんなに怒っているの?」と訊くと、
「胸に手をあててごらん」と言われる。
胸に手をあててみたが、
思い当たることが多すぎて、どれだかよく判らない。
こんな時はとぼけるに限る。
「アイスクリームを全部食べてしまったこと?」
「違う!」
「なんだかよく分からんけど・・・」
「今日、お前は何時に帰ってくると言った?」
「え〜っと、七時って言ったかなぁ・・・」
「今、何時?」
「今?今は八時を少し過ぎたあたりかな」
「料理がすっかり冷めてしまったじゃないの!」
あぁよかった、そんなことだったのか。
何がばれたのかと、ドキドキしてしまったではないか・・・。
こんな時は素直に謝るに限る。
「お前がキスの煮付けを食べたいって言うから作っておいたのに!」
「すみません・・・」
「こんなに冷えてしまって!」
「すみません・・・」
「温かいうちに食べればもっと美味しいのに!」
「すみません・・・」
ただただ嵐が過ぎ去るのを願うだけであった・・・。
こんな時は余計なことを言わないに限る。
食卓の上に気まずい空気が流れる。
「食事はもっとお話でもしながら楽しくしたいわよねぇ」と、母が妻に言っている。
「オイオイ、食事は静かに行儀よくするものだと、
子どもの頃に俺をそう躾たのはアンタじゃなかったのかよ!?」、と言いかけたが、
こんな時は逆鱗に触れるような言動は慎まなければならない。
ま、このようにして我が家の夜は静かに過ぎていくのであった。