■ ドン・ペリニョン
Tさんがアトリエにやって来られる。
Tさんにお会いするのは今日で三回目になるだろうか。
今日は美しいお嬢さんを二人連れていらっしゃった。
お嬢さんたちから頂戴した名刺を見ると、
そこには、
ある大会社の「会長付」という肩書きが印刷されていた。
Tさんはその大会社の会長でいらっしゃったのだ。
少しも知らなかった・・・。
どこから見ても、
Tさんはどこにでもいる好々爺にしか見えない。
私はTさんをただの話好きの爺さんとみなして付き合ってきた。
私にも会社勤めの経験があるが、
会社勤めは肩書きがモノを言う世界である。
しかし、会社を辞めた後、
私は人と肩書きで付き合ってはこなかった。
肩書きを外した時、
その時にこそ、その人の人となりがよく見える。
今日、Tさんがアトリエにいらっしゃたのは、
馬のからくり人形を作って欲しいというご依頼であった。
どのような形状のからくり人形を作るか!?、
一頻りの相談の後、
「Nさん、あなた、シャンペンは好き?」、とTさんにいきなり訊かれる。
「はぁ、大好きですが・・・」と答えると、
「あぁそう、よかった、これあげる」、と大きな紙袋を差し出された。
「何ですか?」
「シャンペンだよ」
「ご注文を頂いた上にシャンペンまで頂けるんですか?」
「ま、遠慮しないで」、とおっしゃるので、
遠慮しないで頂戴してしまった。
パッケージを開けてみると、
「ドン・ペリニョン・1998年・ヴィンテージ」であった・・・。