■ 義母の引越し
義母は今年で九十二歳になる。
足腰はまだまだ丈夫で、
スーパー・マーケットの階段など、
スタスタスタ・・・と駆け上がってしまう。
達者な婆さんではある。
独り暮らしであるから、
調理器具などはすべて電化にしておいたのだが、
とうとう、頭に霞がかかるようになってきた・・・。
とても一人でおいてはいけない。
しばらくの間は義妹が面倒をみる、ということになり、
今日、その引越しを行う。
それにしても愛らしい婆さんではあるね。
もともと童女のような性格の女性であったが、
加齢とともに、ますますその性格に拍車がかかったように思える。
義母の人生は波乱万丈であったが、
「私、とっても幸せ」、それが義母の口癖なのである・・・。
どんなに些細なことであっても、
受けた恩や親切に対し、義母は決して感謝の念を忘れない。
また、彼女はいつも笑顔を絶やさない。
ボケが始まったとはいえ、
義母のように愛らしい婆さんであれば、我が家はいつでも大歓迎。
義母は皆にそう思わせてしまう。
義母の歳まで生き永らえるとはとても思えないが、
美しく老いた義母の姿を見るにつけ、
ついつい年老いた時の自分の姿を想像してしまう。
息子やその家族に迷惑はかけたくない、とは思うが、
ボケてしまえば、いたし方もない・・・。
ま、その時はその時なんだろうが、
寿命が尽きる日まで、人は死ぬワケにはいかない・・・。
もともと物欲のない義母であったが、
彼女のアパートには、ほとんど家財らしいものはなかった。
残っていたのは義父との思い出の品、
そして、三人の娘たちとの思い出の品々ばかりであった。
しかし、それでも処分しなければならない品がトラックに一杯分はあった。
もとより、人は一物も持たずに生まれてくるのだが、
義母の家財道具を整理するにつれ、
人はまた一物も持たずに滅んでいくのだ、と改めて気付かされる。