■ 穴子のぶぶ漬け
神戸ビエンナーレから帰る。
今日も忙しかった。
疲れ果ててしまった・・・。
アパートに帰る途中、息子のSの店に立ち寄る。
Sが「何か食べる?」、と訊いてくれる。
「いや、アパートで何か作るわ」、と答えると、
「ちょっと待っててな」、と厨房の中に入っていった。
しばらくすると、
「賄いやけど」、と一椀の茶漬けが出てきた。
椀の横には、半身の焼穴子が添えられていた。
「お前達の晩ご飯じゃないの?」、と訊くと、
「いや、まだあるから大丈夫」、と言う。
嘘に決まってる。
Sは子どもの頃から心が優しかった。
Sは子どもの頃から美しい嘘をつくのが得意だった。
実に嬉しい。
有り難く頂戴することにした。
しみじみと美味しい。
息子の作った穴子のぶぶ漬けを食べるながら、
我が家でも、確実に世代の交代が進んでいることを実感する。
コーヒーをご馳走になっていると、
「明日、お父さんの車を貸してくれない」、とSが言う。
訊くと、明日はNさん宅へ出張しなければならない、と言う。
いわゆるケータリング。
私とNさんとの付き合いは、かれこれ四十五年ほどにも及ぶ。
私が中学生であった頃、
我が家は家電販売店を営んでいたのだが、
その頃、Nさんは毎日のように我が家に昼飯を食べに来ていた。
Nさんは某家電メーカーの営業マンであった。
中学卒の学歴しかなかったNさんは、
言うに言われぬ苦労を積み重ねていらっしゃったが、
今では中堅どころの家電販売店の社長に収まっていらっしゃる。
恩を着せた、とは父も母も思っていなかったろうが、
Nさんは父や母に受けた恩を息子のSを通じて返してくださっている・・・。
そう思えてならない。
しみじみと嬉しいことである。