■ W55TとA5528K
大正十四年生まれの母は、
今年の五月に八十三歳の誕生日を迎える。
まだまだ元気でいてくれてはいるが、
耳が少し遠くなってきた。
また、足腰も少し弱ってきたように感じられる。
私は留守勝ちであるし、
妻も一人で出かけなければならないことがある。
で、母のために携帯電話を購入することにした。
最寄りの「au」に出向き、簡単携帯「A5528K」を買う。
「1」のボタンを押せば妻に、
「2」のボタンを押せば私に、
「3」のボタンを押せば私の弟にかかるように設定する。
母は無類の電話魔であるから、
暇があると、ま、いつも暇を持て余しているのだが、
二人の妹たちとの長話を楽しんでいる。
携帯を手渡した時、母はニンマリと薄ら笑いを浮かべていが、
「これでどこでも妹たちとの会話が楽しめる」、とでも思ったのだろうな。
で、「この携帯電話は緊急時のために買ったものである」
「この携帯電話は一ヶ月の通話時間を六十分に設定してある」
「六十分を超えると壊れるから気をつけるように」、と伝える。
まさか壊れるなんてことはないが、
六十分を超えると、とたんに通話料金が高く跳ね上がってしまう。
そのように「au」と契約を交わしたのだった。
その「au」ショップの店内には小さな電卓も陳列されていた。
「auショップに電卓?」、と手に取ると、
それは電卓などではなく、厚さ十ミリにも満たない携帯電話であった。
ヘアーライン仕上げされたステンレスの表面が実に美しい。
傍らに置かれた価格表には「〇円」、と記載されていた。
「〇円とはどういう意味か?」、と訊くと、
同じ携帯電話を七ヶ月以上使い続けており、
機種交換を希望する顧客には〇円で販売できる、ということであった。
で、手持ちの携帯を、その「W55T」と交換していただく。
実にスリムな携帯電話。
スラックスのポケットに、スルリと納まる。