■ 昔話

aquio2008-02-29

ポケットの中には、八枚の十円玉しか入っていなかった。
その八十円の所持金で煙草を買うか、
晩ご飯を食べるか、
それとも画用紙を買うか、と大いに悩んだ日があった。
今から四十三年前のこと。
二十本入りのハイライト(煙草)が八十円、
一皿のカレーライスが百円、
一杯のコーヒーが五十円ほどであった時代の話。
美術研究所に通っていた五人の仲間の懐具合も、
ま、似たようなものだった。
画家として身を立てること、
彫刻家として身を立てることを夢見ていた仲間たち・・・。
で、仲間の所持金をかき集め、
三百円を元手にパチンコで一山当てることにした。
指先の器用さにかけては定評のあったYが、
選抜メンバーとしてパチンコ屋に向かうことになった。
元手の三百円をすべて摩ってしまうという危険性もあるにはあったが、
元手を二倍、三倍に増やそうと企んだのであった。
当時、パチンコ玉の値段は一個二円。
百円も出せば、玉は五十個も買えた。
Yは玉を一つ一つ丁寧に弾いた、という。
結果は大勝利であった。
獲得した金額がいくらであったか、それはすっかり忘れてしまったが
皆で食べた海老フライの美味さは未だに忘れられないでいる。
Yの奮闘のお蔭で、煙草も買えたし、画材も買えた。
今日、そのYが突然アトリエにやって来る。
Yに会うのは、実に四十年ぶりのこと。
今は建築設計事務所を主宰しているらしい。
悠々自適の生活を送っているらしいが、
近頃、妙に昔の仲間のことが気にかかる、という。
その心情は察するに余りあるな・・・。
餃子をつまみながら、若かりし頃の思い出話に華が咲く。
思えば、あの頃は赤貧洗うが如しの生活ではあったが、実に楽しい日々であった・・・。