■ おもちゃ
「持て遊ぶ」が「もちゃそぶ」に変化し、
「もちゃそぶ」の「もちゃ」に「お」がついて「おもちゃ」。
これが「おもちゃ」という言葉の語源。
「まるでおもちゃのよう・・・」
「あの人におもちゃにされた」
「人の心をおもちゃにする」
語源がそうであるからか、
日本語の「おもちゃ」という言葉には、
「つまらないもの」「贋物」「安価なもの」
「弄ぶもの」「慰みもの」、というような意味が含まれる。
「おもちゃ」という言葉には常に負のイメージが付きまとっている。
私はからくり人形やおもちゃのデザインと製作に関わってきたが、
三年前の神戸トア・ロードにおける個展を最後に、
国内における個展活動は停止している。
「おもちゃ」という言葉が持っている、負のイメージの「壁」がどうしても越えられない。
ところが、欧米にはその言葉の「壁」がまったく、ない。
ただ単に、その作品の出来映えの良し悪しだけで判断される世界・・・。
いいモノはいい、駄目なモノは駄目!
単純明快な世界であるから、私にとってはそちらの方が住みやすい。
「積み木」は「積む」と書くから、
ついつい、人は積み木は積むものであると思い込んでしまう。
しかし、積み木は横に並べていっても面白い。
このように、人は言葉を用いて思考するから、
一つ一つの言葉の持つ意味やイメージが、
その人の行動や言動を制限してしまうことが、あったりする。
ま、欧米でも同じようなことはあるのだろうが、
「おもちゃ」という言葉に限ってのことではあるが、
負のイメージがつきまとう国での活動は、もう止めることにした。
一昨年の十二月に私は還暦を迎えた。
人生のカウント・ダウンが始まっている。
住み難い場所に留まっていなければならない理由はどこにも、ない。
あと何年生きられるか分からないが、
個展を開くなら、真っ当な評価が受けられる国で開催したい、とそう思っている。
どうにもならないコトに精力を使うほど疲れることはない。
とは言うものの、「来年の春頃には東京で個展を開いてみようか」、
などと考えたりもしている・・・。