■ 構図

今から四十数年前、
私がデザインの勉強をし始めた頃のこと。
その頃には、写植という技術もなければ、
ましてや、コンピューターなどという便利な機械もなかった。
ポスターを仕上げる時には、
文字は烏口や面相筆を使って一文字ずつ手で描くしかなかった。
うっかり画用紙を絵の具で汚そうものなら、
「こいつ、また失敗しやがって!」
「画用紙様に謝れ!」、
と親方に後頭部を定規で殴られたりしたものだった。
「画用紙様どうもすみませんでした」
「二度とこういうことのないよう今後も気をつけます」、
と画用紙に頭を下げたことが何度かあった・・・。
ま、懐かしい昔話だが、
そんな訓練を繰り返した結果、
瞬時に紙の上に構図がとれる、という能力が身についたように思える。
綺麗に仕上がったポスターであっても、
墨が一滴でも落ちればすべては台無しになってしまう・・・。
その頃のデザインは「一発勝負」だった。
一筆一筆が真剣勝負であったし、相当な集中力も要求された。
今のように、間違えれば画面をデリートすればいい、という時代ではなかった。
紙の上に鉛筆で絵が描けない者は、
コンピューターのディスプレーの上に絵が描けるはずはない。
まずはアナログ的な訓練がいるのではないだろうか・・・。
そう思えてならない。
今日はM社に出かけていた。
担当者は全体的な構図がとれないでいるから、話がひとつも前に進まない。
話はデリート、デリートの繰り返しに終始する。
構図がとれないのであれば、構図のとれる人間に一任すればいいだけのこと。
それが仕事の進め方というものではないだろうか。
コンピューター世代の子どもたちと話をするのは苦手でございますね。