■ 徹夜・その1
今月の二十六日、
西宮北口駅前に「西宮ガーデンズ」がオープンする。
そのための大型からくり人形の制作を進めているのだが、
今朝、岡山の職場に出勤して驚いた。
この進捗状況ではとても期日に間に合いそうにもない。
駆動部分の制作はH君とT君に任せることにし、
私にしか出来ないことの制作に取り掛かることにした。
整形済みであった二十体ほどの人形の着色に取り掛かる。
水で薄めた下塗り剤を満遍なく人形の体に塗り、
乾いたところで、下塗り剤を重ね塗りする。
しかし、室内温度が低いから、なかなか塗料が乾かない。
下塗り剤が完全に乾いたら、
二百四十番のサンドペーパーで「ばり」をこそげ落とす。
「ばり」を落とした人形のボディにアクリル塗料を薄く塗りつけていく。
乾いては塗り、乾いては塗り、の単純な作業だが、
色によっては、何度塗り重ねても色むらがでてしまう。
また、あまり色を塗り重ねると、
乾いた時に「剥離」などという厄介な問題が出てくることもあるから、
限度を見極めながら、薄く溶いた絵の具を慎重に塗り重ねていくしかない。
鯛の背中に乗る「恵比寿」を仕上げる。
鯛の背中に乗る「大黒」を仕上げる。
亀の背中に乗る「浦島太郎」を仕上げる・・・。
作業机の上に少しずつ完成品が並んでいく。
完成品を並べながら、
それぞれの色の彩度と明度に違和感が出ないよう、微妙な修正を加えていく。
気がつけば、夜は白々と明けはじめていた。
先日から咳が止まらない。
症状が悪化しなければいいのだが・・・・。
■ 美の壺
テレビをあまり観ない私だが、
それでも、楽しみにしている番組がいくつかある。
NHK教育の「美の壺」もその内の一つ。
番組のナビゲーターを務める「谷啓」の、
あのとぼけた語りや表情も大いに気に入っているのだが、
実は、多分、これは私と「谷啓」にしか出来ないだろうな、
と思われる「芸」があるのだ。
そのことで「谷啓」にはある種の親近感を抱いてきた。
もう随分と昔のことだが、
ある番組の中で、
「谷啓」がその「芸」を披露していたことがあった。
「芸」といっても、ある特殊な発声法なのだが、
その声を聴いた時、
「こんな何の役にも立たないことが出来る人が他にもいる!?」、
と大いに驚いたものだった。
以来、私は「谷啓」の大のファンになったのだが・・・。
先日、その「美の壺」の取材を受ける。
今日、その番組が放映された。
特集は「オルゴール」。
オルゴールと時計とからくり。
この三つには大変に密接な関係がある。
その三つを総称して「CLOCK WORK / クロック・ワーク」、
つまり、「時計細工」とか、
「時計仕掛け」と呼び習わしているのだが、
私はその「クロック・ワーク」の中のからくり、
つまり、「オートマタ」の部分を受け持ったのだった。
番組は大きな反響を呼んだらしい。
ひょっとしたら、幾つかの注文が入ってくるかもしれないな。
■ 開店
昔、「阪急ブレーブス」の本拠地であった西宮球場が、
西日本最大の規模を誇るショッピング・タウン
「西宮ガーデンズ」に生まれ変わる。
核となる商業施設は阪急百貨店。
グランド・オープンは今月の二十六日。
今日はVIPのための内覧会。
阪急百貨店のE氏から、
出店の依頼があったのは何ヶ月前のことだったろうか・・・?
「子どもの文化の発展に力を注ぎたい」、というお話であったが、
子どもの文化とはいえ、
それは販売という商行為を通じてのことであるから、
商いが成り立たなければ、
掲げた理念など簡単に吹き飛んでいってしまう・・・。
理念と経済。
その二つのバランスの取り方がちと難しいが、
「是非とも」、と二つ返事で引き受けてしまった。
出店を希望する業者が多い中にあって、
先方から出店を依頼されるなど、稀なケースではないだろうか・・・。
職員からは「失敗したらどうするんですか!?」、
などという消極的な意見もあるにはあったが、
物事は「鬼が出るか仏が出るか」であり、
まことに前途の吉兆は計りにくいものであるのであるね。
「鬼が出るかもしれない」、などと縮こまっていたりすると、
別の場所から別の鬼が出てきたりするから、とても厄介・・・。
ま、鬼が出てきたらその鬼と仲良くすればいいのであるが、
世界恐慌が懸念されている現在にあって、
消費がこれ以上冷え込まないことを望むしかない・・・。
さて、今日から西宮ガーデンズにおいて新しいミュージアム・ショップを開業することとなった。
今までにやってきたコト、これからやろうとしているコト。
そのコトに間違いはないと思うが、
望むらくは、仏が出てきて欲しいものであるね・・・。
■ 順調
横幅二メートル、奥行き二メートルの台の上に、
約二十体のからくり人形が乗る。
今、その制作を急いでいるのだが、
いったいどこまで作業が進んでいるのか、
黒板の上に一覧表を書いて整理してみた。
思っていたより作業は順調であるような気がするが、
いつどこでどんなトラブルが発生するか、分からない。
明日の夜までに人形の整形が終り、
明々後日の夜までに人形の下地塗りが終われば、
ま、よほどのことがない限り、
納入の期日には何とか間に合う目処がついた。
ヤレヤレであるね・・・。
昨晩はアトリエで深夜の一時過ぎまで作業をしていた。
恵比寿の耳や鼻や烏帽子を作り、大黒の帽子や袋を作る。
アトリエに寝袋を持ち込んでいたT君は、
二時を少し過ぎたあたりでとうとうダウン。
寝袋にもぐりこんでグースカと寝てしまったらしいが、
H君は徹夜で制作に取り組んでいた、という。
頑張ってくれるのは嬉しいのだが、
年長者としては彼らの健康が気にかかる・・・。
一昨夜は自宅に彼らを招き、皆で鴨鍋をつついた。
今朝は八時に集合し、
朝ごはんを一緒に食べるつもりでいたが、
眼が覚めると、階下から賑やかな声が聞こえてくる。
不審に思って時計を見ると、針はとっくに八時を過ぎていた。
妻に訊くと、まるで死んだように眠りこけていたらしい。
健康を気遣わなければならないのは、実は、私なのかもしれないな・・・。
■ 初雪
ストーブが利かない。
設定温度を上げても室内の温度が上がる気配がない。
工房の窓から外を見てみると、
庭の立ち木の葉っぱに薄っすらと雪が積もっていた。
初雪・・・。
岡山県の最高峰「後山 / うしろやま」の中腹、
標高約六百五十メートルの山の中に、岡山の職場はある。
これから春までの三ヶ月間、
職場はほとんど雪に埋もれていってしまう。
訪れる人もめったにないから、とても静か・・・。
今日はとてもいいことがあった。
十三年もの間、
職員たちとともに苦しんできたことにどうやら終止符が打てそうなのである。
まだこの日記ではその詳細は明かせないが、
多分、来年の四月一日にはその結論が出ていることだろう。
それまで予断は許されないが、
ま、多分大丈夫なのではないだろうか。
実に嬉しい・・・。
感無量であるね。
耐えて忍べば結果が出る、ということなのだが、
結果を待ちきれなくて職場を去っていった職員も何人かいた・・・。
もう少し耐えてくれていれば、と思うが、
こればかりは何ともしようがない。
逆に、彼らが辞めていった後に入ってきた職員たちにとっては、
実に運がいい、としか言いようがない。
辞めていった職員たちの苦労があったからこそ今がある。
そのことを肝に銘じて欲しい、と思う。
それにしても嬉しいことである。
窓から見える雪景色もいつもと違って見えるから不思議。
■ BOXBEUTEL / ボックスボイテル
昨晩から岡山の自宅に戻っている。
今朝、岡山の職場に出勤してみると、
I君が何やらからくり人形らしきものを作っていた。
「それはどう動くの?」と訊くと、
「ハンドルを回すと山羊の頭と脚が動く」
「更にハンドルを回すと、山羊が『メェ〜』と鳴く」、
というからくりであるらしい・・・。
「それで?」と更に訊くと、
「それで、って?」、という答え。
実につまらない!
哲学のない美しいものよりも、
哲学のある汚いものの方が数段優れているはず。
からくりとはいえ、そこには何らかのメッセージがなければならない。
ただ山羊が「メェ〜」と鳴くだけのからくりなど、
小学生でも手先の器用な子なら作れてしまう・・・。
仕方がないから、アイデアを提供してやることにした。
「ドイツのフランケン地方では美味しいワインが産出される」
「フランケン・ワインは独特な形の瓶に詰められている」
「その瓶のことを『BOXBEUTEL / ボックスボイテル』と呼ぶ」
「ボックスボイテルとは山羊の陰嚢のことである」
「どや!?確かにそんな形をしてるやろ!?」
「ワインの入った瓶の前で山羊がフランケン・ワインを飲んでるねん」
「ワイン・グラスを口に運ぶたび、ヤギは『ウメェ〜』と鳴きよんねん」
「なっ!?」
「それでな、山羊はエクスタシーを感じよるねん」
「でな、山羊のあそこがヒクヒクと動くねん」
「どや、こんなからくりは!?」、と言うと、
「それのどこに哲学がありますねん?」、と言い返しやがった。
絵まで描いて説明してやったのに・・・。
生意気な奴である。
■ 三たび・フジタニ画伯
あの有名な「フジタニ・ニテハル画伯」が、
「飯室康一」さんを伴って有馬温泉にいらっしゃる。
「飯室」さんは日本の伝統的な糸操りの人形師。
「旅の途中で財布を失くしてしまった」
「パリに帰るための旅費を稼ぎたい」、
確か、前回と前々回はそのような触れ込みであったが、
驚いたことに、
今回は写真のように美しいモデルを伴っての来日であった。
その脚はあくまでもスラリと長く、
その胸はあくまでもムッチリと豊満。
そして、その髪はまるで羽のように軽やか・・・。
いったいどこでこのようなモデルを見つけられたのであろうか。
前回の来日は今年の八月であったが、
わずか三ヶ月ほどの間に、
画伯の腕は相当に上がったように思える。
前回は「紺」単色であった色使いが、
今回は三色にまで増えている。
濡れた紺色の上に黄色い絵の具を塗りたくったりするものだから、
紺と黄が合わさって、混じった部分が緑色になってしまう。
濡れた紺色の上に赤い絵の具を塗ったりするものだから、
色が合わさった部分がばばっちい茶色に変色していってしまう。
もっとも、それもこれも最初から計算済みのことなんだろうけどさ・・・。
画伯には午前十時から午後五時まで登場いただいたのだが、
その周りには常に黒山の人だかりができていた。
今、「飯室」さんは新しい人形劇の構想に取り組んでいらっしゃるらしい。
題名などは未定だが、
番町皿屋敷にお勤めの「お菊さん」、四谷にお住まいの「お岩さん」、
そして、出歩く時には必ず牡丹灯篭を持ち歩くという「お露さん」。
新しい人形劇にはこの三人が登場する、という。
どうやら怪談劇のようであるらしいから、
その人形劇の舞台をお寺の本堂にでもご用意しようか、などと考えている。