■ 搬入
明日から銀座「MIKIMOTO」において、
「ドイツ木工マイスターに受け継がれる匠」展が始まる。
午前九時、「MIKIMOTO」の通用口に関係者が集合。
ザイフェンからの荷物はすでに成田から届いていた。
午前十時、飾り付けの作業開始。
岡山の職場からは「ノアの方舟」も届いている。
他の作業は皆さんにお任せし、
「鎖のシャンデリア」と、
「蜘蛛のシャンデリア」の組み立てに取り掛かる。
何しろ世界でたった一つしか残されていないものであるから、
取り扱いには注意をはらわなくてはならない。
汚れることを気にして手袋をはめていたら、
あまりにも部品が小さすぎて指先の感覚がつかめない。
このままでは落下などの事故を引き起こしかねない、と判断し、
素手で二百個あまりの部品を取り付けていくことにした。
午後三時、「鎖のシャンデリア」の組み立て完了。
引き続き「蜘蛛のシャンデリア」の組み立てに取り掛かる。
「鎖のシャンデリア」に比べ、
その部品の数は圧倒的に少ないから、組み立ては比較的短時間で終了する。
二つのシャンデリアに、
Sさんが買ってきてくれたロウソクを取り付ける。
実に美しい・・・。
昔、ザイフェンはまたガラスの材料を産出する地域でもあった。
村にはボヘミア辺りからのガラス職人たちも住みついていたらしいが、
彼らが作るシャンデリアは庶民にとって高嶺の花のような存在であったらしい。
で、木工職人たちは、木を削ってガラスのシャンデリアと同じようなモノを作った、という。
多分、クリスマスや特別な行事の度に組み立てと分解を繰り返したのだろう、
シャンデリアにはその痕跡がいくつも残されていた。
腕に覚えのない家人が修理したような痕跡も残されている・・・。
シャンデリアを作った職人の家の歴史が垣間見えて、とても興味深い。
■ 夜間飛行
神戸空港20:00発の
スカイマーク116便で羽田に向かう。
窓から見える夜景がとても美しい。
昔、飛行機にはそれぞれの機体に名前が付けられていた。
今から四十年以上も前のこと、
大阪から羽田に向かう深夜便には
「ムーンライト」というロマンティックな名前が付けられていたし、
大阪から札幌に向かう飛行機の名前は、
たしか「ポールスター」だったと記憶している。
「オーロラ」という名の飛行機もなかったっけ・・・?
赤軍にハイジャックされた飛行機の名前は「よど号」だったな、
などと夜景を楽しみながら、
取り留めも無いことをいろいろと思い出す。
21:15、飛行機は予定どおり羽田に到着する。
熱があるせいか、足元が少し覚束ない。
荷物も重いから、タクシーで銀座に向かうことにした。
明日は銀座の老舗で搬入の作業を行わなければならない。
作業そのものはそう難しくもないが、
ザイフェンの博物館から借り受けた重要文化財的なものを扱わなければならない。
文化財に傷でもつけてしまった日にゃぁ、
私一人が頭を下げて済む問題ではなくなってしまう。
多分、誰も手伝ってはくれないだろうから、
私が最初から最後まで一人で取り扱うことになるのだろうな・・・。
それは最初から解っていたことであるから、誰かと作業を分担するつもりもないが、
ま、責任の重い作業ではあるね・・・。
明後日の朝はマスコミに対して五分ほどのスピーチを行うことになっている。
それまでに咳が止んでくれればいいのだが・・・。
■ 真珠会館
真珠会館から依頼のあったからくりの制作に取り掛かる。
真珠会館は、
あのルミナリエの最終地点にあるレトロなビルだが、
ルミナリエの期間中は、
訪れる来館者の数も半端じゃないほど多いという。
「真珠は人魚の涙」
「真珠は月の雫」、
その二つをコンセプトにからくりを作ることになっていたが、
手伝ってくれていたT君がいきなりストライキに入ってしまう。
「どう頑張っても期日には間に合いそうにもない」
「身体に鞭打つような仕事はしたくない」
「仕事は自分のペースで進めていきたい」、
ということであるらしい・・・。
私は彼のライフ・スタイルに口を挿むつもりなど毛頭ない。
問題は「請けた仕事を途中で投げ出すか、投げ出さないか」なのであり、
依頼主に対する「信義」の問題であり、
彼のライフ・スタイルの問題ではないのであるね。
期日までに仕上げられる技法や、
考えられる問題点と解決法を示しながらT君を説得する。
ま、制作の現場ではいろいろなコトが起きるものである・・・。
念のため、半日の猶予をいただけるよう、依頼主のSさんに連絡する。
快諾を得たことで、気分的に多少の余裕ができる。
しかし、納期までには三日半しか残されていないから、
作業は迷うことなく進めなくてはならない。
誰一人無駄口を利かないから、作業は粛々と進む・・・。
私は六体の人魚の色塗りに専念することにしたが、
なかなか思ったような色が表現できない。
ラフ・スケッチで表現した色とは微妙に違う。
青に紫を加えたり、それにまた群青を加えたりと、試行錯誤を続ける。
深夜、人魚の尾の部分の色が決まる。
色が決まれば、あとは何度か塗り重ねていくだけのこと。
ひょっとしたら、今夜も寝れないかもしれないな。
■ 完成
新神戸駅から有馬の職場に向かい、
車に乗り換えて「西宮ガーデンズ」に向かう。
H君の頑張りのおかげで、
大型のからくり人形は見事に完成していた。
ただ、完成はしていたが、
もうすでに至るところに破損が見られる・・・。
「ゆっくりとハンドルを回してください」
「作品にはお手を触れないでください」、
と書いてあるにも関わらず、
親が子どもを抱き上げて人形を素手で触らせていたりする。
子どもは力をコントロールできないから、
駆動部分のシャフトを簡単にへし折ってしまったりする。
それを咎めると、
「触っていけないモノなら置いておくな」、という返事・・・。
馬鹿じゃなかろうか・・・。
このような親に育てられた子どもは同じような大人に育っていくのだろう。
日本は滅びるね・・・。
とはいえ、「どのように扱ったらいいですか?」、と訊ねてくれる親も、また多い。
会場に立っていて気付いたことだが、
馬鹿な親子は服のセンスが悪い!
いくら高価な衣服であっても、色やデザインについてのバランスが実に悪い!
いくらセレブを気取ったところで、顔つきに品がない。
多分、それは生活センス全般について言えることなんだろうが、
口の利き方といい、立ち振る舞いといい、履いている靴といい、
持っているバッグといい、着ている服といい・・・、
すべてにわたってバランスが取れていない。
そういえば、昔、「知的貧富差」という言葉が囁かれた時期があったな。
作った作品が壊されていくのを見るのはとても辛い。
透明アクリルの板で舞台を囲ってしまうことにした・・・。
触れなくしてしまえば、私も腹をいちいち立てなくて済む。
■ 成田
徹夜明けの二十六日、
現場の始末をH君に託しておき、
午後の新幹線で東京に向かう。
心身ともに疲れ果てているから、
グリーン車のチケットを購入することにした。
列車が新神戸の駅を離れる間もなく、
泥のように眠りこけてしまった・・・。
気が付くと、新幹線は品川駅を出るところであった。
新幹線は実に速いね。
地下鉄を乗り継いでいく気力もないから、
タクシーに乗って予約していた銀座の宿に向かう。
部屋に入ったとたん、またまた正体なく眠り込んでしまう。
午前十一時、P社のSさんの車に同乗させていただき、成田に向かう。
関税の保税倉庫にザイフェンの玩具博物館から木製のシャンデリアが届いているのだが、
重要文化財ほどの価値のある繊細なシャンデリアであるから、
破損などがあった場合、保険で弁償、で済まされるはずはない。
現場には運送会社の担当者も立ち会うという約束であったが、
吹きっ曝しの保税倉庫で待っていても、いつまで経っても担当者がやって来ない。
仕方がないから、Sさんと木箱を開梱することにしたが、
現場にはろくなねじ回しが用意されていない・・・。
小さなねじ回しで箱を開けているうち、
身体がホカホカと温まってくるが、息も切れてくる。
ザイフェンからの荷物の梱包具合はパーフェクトであった。
外箱の中に内箱がセットされていたが、どうにもその内箱に見覚えがある。
内箱の外側には、
「Dr. Konrad Auerbach」
「Erzgebirgisches Spielzeug Museum Seiffen Huptstrasse 73」
と書かれた紙が糊で貼り付けられていた。
二年前の三月、私がザイフェンの玩具博物館に作品を送る時に使った木箱・・・。
木箱がお里帰りしてきたようで、なんだか無性に嬉しかった。
■ 徹夜・その2
明日はいよいよ「西宮ガーデンズ」のグランド・オープン。
今日中に現場でからくりを作り上げなければならない。
昨晩中に部材はすべて搬入しておいたのだが、
H君に言わせると、
「まだ出来上がっていない部品が幾つかある」、らしい。
どうやら、H君は昨晩も徹夜したらしい・・・。
顔色がまるで紙のように白い。
血の気がほとんど感じられない。
「大丈夫か!?」と思ったが、
今一番大事なことは「間に合わせる」ということであるから、
それには気付かないフリをすることにした。
組み立てている最中、細々としたトラブルが幾つも発生する。
ハンドルが軽く動かない。
亀を乗せるためのシャフトが思ったように動かない・・・等々。
過日、私たちはからくり人形の制作集団「Arima Automata Association」を立ち上げたばかり。
その第一作目となる記念のからくりであるから、
失敗するワケにはいかない。
また、私たちを信用して注文をくださったE氏の顔を潰す、というワケにもいかない。
仕事には多くの人々の思惑が複雑に交差するものである。
しかし、仕事を請け負った私たちにとって、
まず第一に配慮しなければならないことは、「納期に間に合わせる」、ということに尽きる。
第二に、「依頼主が希望している以上のモノを作り届ける」、ということにも気を配らなければならない。
しかし、いいモノを作ろうとすればするほど、
からくりの制作には金と時間がかかっていく。
ま、それは何の制作の現場でも同じなんだろうが、
利益の幅が徐々に薄くなっていくからといって、それを口実にするようなことがあってはならない。
だったら最初から請けなければいいのであるね。
いいモノを作るから次の注文が入ってくる。
とにかく、目の前にぶら下がった仕事を確実に一つずつ片付けていくしかない。
で、フと後を振り返った時、
なんだかすごいコトになっているのが、それが一番カッコイイことのように思えてならない。
とうとう徹夜になってしまった。
とうとう納期には間に合わなかった・・・。
さて、この落し前はどのようにつけたらいいのだろうか・・・。
■ バランス
ほとんどの人形の塗装が終了する。
塗装の終わった人形を並べてみて愕然としてしまった。
どうにも鯨のフォルムに違和感がある。
鯨が大きく口を開けると、
その口の中からゼペット爺さんが現れるのだが、
そのゼペット爺さんと鯨のデザイン・バランスがとても悪い。
その鯨の横で筏に乗って漂流するピノキオとのバランスも悪い。
散々悩んだ挙句、鯨を作り直すことにした。
作り直すとはいえ、
一から作り直しているような時間はもう残されていない。
基本的な構造はそのままに、
全体のフォルムを大きく変えてしまうことにした。
大型ベルト・サンダーの定盤の上に鯨を乗せ、
空洞の位置を指で探りながら、鯨を少しずつ削っていく。
作業場にはもうもうと木屑の粉が舞い始める。
集塵機の調子が悪く、木屑が吸い込まれていかない・・・。
仕方がないから、
大型工場扇で粉を吹き飛ばすことにした。
工場扇を向かって斜め左にセットし、ベルト・サンダーで鯨を削る。
粉は風に乗って工房の外に飛ばされていくが、
風力が強烈であるから、こちらの体温も急激に奪われていってしまう。
鯨を削っているうち、咳が止まらなくなってしまう。
すっかり身体が冷え切ってしまった。